種まくツク大生、とんぴくりん。

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久しぶりの日本の春。

日本に住んでいるときは、「好きな季節は?」と聞かれたら秋か冬と答えていた気がする。

秋には美味しいものが多いからとかそんな理由だったのか知らないけど、春は別にそこまで特別視してなかった気がする。ところがどっこい。スウェーデンに住むようになってから、春が一瞬すぎるし来るの遅いしで、日本の春が恋しくなったりしていたよ。

よく聞かれるのは、「スウェーデンには四季があるの?」って。ありますがな。春と秋がわりと短いけどね。咲くのは4月下旬だけど桜も、ソメイヨシノっぽいものがストックホルムにはあるよ。でもウプサラにはあんまりないかな。桜はやっぱり、「いつ咲くかな」といったわくわく感から始まって、「あ〜散り始めちゃうな、でも花吹雪きれいだな」といった経過をみるのが楽しいね。

今回、日本にはいつもより少し長い、1ヶ月ほど滞在することができた。休暇中でもないのにこんなにがっつり海外滞在(スウェーデンから見て)なんて、ぜいたくである。もちろん大学勤務だからっていうのもあるし、タイミングもあるし、仕事のタスク上わりと遠隔で仕事できるものが多いというのもある。そしてスカイプでミーティング・会議に参加させてもらってるのも助かっている。はっきり言って他の職種ではできないよ。でもまぁ日本的な感覚から言うと、「スウェーデンだから」って言えるかなぁ。

スウェーデンで周りを見ると、日本人的感覚で言ったら、たまに「え、もっとちゃんとやろうよ」ってなったりするし、「え、こんなタイミングで休暇とるなよ」と思うふつうの日に休暇取ってる人とかたまにいるし。でも、それによって「休む時間」「余暇」「家族や友人と過ごす時間」を日々・週間・年間スケジュールの中にちゃんと書き込んで優先してるのは、やっぱり大事なことだと思うようになった。お店もめちゃめちゃ早く閉まるし。日本に来て24時間営業のコンビニや居酒屋(!これまじで、必要?)を見ると、そんな変な時間に働かなきゃいけない従業員の生活リズムを心配してしまうし、変な時間にまで営業して元がとれるほど客来るんだ〜って、来る人たちの生活時間を心配してしまう。

スウェーデンでは、1年に25日の休暇をとることが法律上保証されている。私の知る限り、それはちゃんと取らないと問題になる(とらない人とか知らない)。その多くは、夏至のあと(6月中旬)から8月上旬までの期間でがっつり夏休みとしてとる。伝統的に労働組合が強いし、労働者の権利を主張していた左政権が長らく政権をとっているという歴史を経て、福祉国家のシステムと共にメンタリティも成立している。そんなスウェーデンでは、入ってる労働組合によっては(例えば、IKEAと大手のスーパーICAの従業員)、時間外労働は時給の2倍だったり。これももちろん職種によると思うが、残業はやっぱり日本に比べて圧倒的に少ない。

電通の事件なんかは、スウェーデンでも報道されてて、変な話、「日本人は働きすぎている」というのは、外国人が日本人に抱いているイメージであることも、私の経験上は確か。真剣に、「なんで日本人はそんなに働いているの?なんで死ぬほど働いちゃうということがあるの?なんでその状況が変わらないの?」と聞かれたりするのである。

うーん、なんでなんだろうね。それは難しい問題だけど大事な問いだと思う。日本では今、「働き方改革」なんていうことが言われてるみたいだし、それでこの先数年、どういう風に変わっていくのかな。私は、日本が過労で知られているというのは不本意だ。もっと日本から発信できるポジティブなことはたくさんある。最近知った「里海資本論」とか。

大学の同窓会が今回の滞在で3件もあって(!自分いろんなコミュニティに属してるなぁと実感した)、自分の原点に帰れた感じがうれしかった。

すごく影響を受けた講座・ゼミの、最後の授業から7年。その同窓会では、昔のようにすぐにアツイ議論になって、『あぁ、これこれ』って、自分の、人と向き合い、問い・聴き・対話する態度とか、自分の考え方の源流はここにあったのか、って無意識のうちにそれが自分のモノになってたことに気づいたりしてなんかびっくりした。「あれ?こっから来てたんだっけ」って。

畑を一緒にやってた仲間でも再び集まれて、改めて驚くのは、教育に携わる仲間の多さ。高校教育と大学教育。教育、そして農。場。この三つの軸でだいたいまとまる。

醤油は難しいらしいんだが、それを手づくりしたり、「ゼロウェイスト」(ゴミのでない生活)をしている農家の先輩は、納豆さえも作っているらしい。農や土から離れてしまっている身としては、ごうごうとインスピレーションをもらった。私も、コーディネートしている授業の一環で生活を「持続可能なライフスタイル」に30日間変えるという「30日チャレンジ」という課題がある。(前回の「30日チャレンジ」は肉なし月間で、それを機に魚は食べるけど肉は食べない、ベジタリアンにほぼ変わった。)次回はゼロウェイスト・ライフをやってみようと思っていたから、ますますやる気がでた。身近な人がやっていると、負けじと私もやってやろうと思ったりする。ごうごう。ゴーゴー。

つくばでのどちらの会でも、スウェーデン報告会なるものをさせていただいた。今は直接日本社会に貢献したり、日本社会を変えたりするような活動・お仕事ができていないことがもどかしいから、せめて活躍しているこの同志たちに色々投げかけたり、自分のやってることとか考えてることとか知ってもらったりできたのは、すごく嬉しかった。何かのヒントになってくれたらいいなぁ。

昔やっていたフリーペーパーが家から出てきたから懐かしいからと持って行ったら、一人が「これまだ持っててたまに読み返してるよ」と言ってくれた。何かを形にして残すと、誰かがどこかで拾っていてくれたりするんだなぁ。教育のフリーペーパーだったから、今先生をやっているその人の、ヒントだったりエネルギーになっていてくれるんだとしたら、それだけでもやっていてよかったなぁ。

こっちに居る間に、悲しいこともあった。ストックホルムでのテロ。まだ私も、事件の全容を知らないし言葉をつむぎづらい。身近な人たち、自分にとって大切な人たちの安否をすごく案じた。

恩師の書いた同窓会のあいさつ文に「メメント・モリ(死を想え)」というものがあった。老いていく中で、この世を去った先生の母を見守った中で、「人間は遅かれ早かれ死ぬのですから、死と直面しながら生きることが、人生を豊かなものにする」と書かれていた。

ニュースでは、色んな国が関わっているシリアの紛争が大きくやっていて、ヨーロッパではテロの事件が続く。

そのことが決してふつうだと感じるようになってはいけないなと思った。

いちいち傷つくのも疲弊する。そして体質的に、私はいちいち傷つくのである。

だけどその体質は不便だ、と言っていないで、精一杯傷つこうと思った。何も感じなくなるより、それが「ふつう」にならないように、いちいち「うーん」って頭と心を悩ませよう。

目を背けても状況はよくなっていない。

どこでどうつながっているのか考えながら、平和への種まきを、今日も明日も続けていくしかない。何をまいていったらいいのかは、まぁそこは「とんぴくりん」らしく、その場その場で決めていけばいいかな。

とんぴくりんは、茨城弁で「常識はずれ」。そんな言葉通りのメンバーたちに再会して、この人たちおもしろいことやってんな〜ってインルピレーションうけまくり。とんとん、ぴくりん、とんぴくりん。これで童話とか書けそうなリズムだな。

とんとん、ぴくりん、とんぴくりん。あ、とってんぱらりのぷうって何の絵本だったかな。

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